エピソード

「向き合うことでみえてくるもの」

<背景>
 Aさん(女性)は、ことばは話せないが、持ち歩いている写真やチラシの文字を手段として知らせたり、要求したりする。また、こちらの問いかけにはYESなら頷いたり、NOなら首を振る・答えない等行動や態度で意思表示する。しかし、自信がないのか率直に気持ちが表わせず、一番わかってほしい担当職員に対してそっけない態度をとって、馴染みでない実習生や見学者を引っ張る等、担当職員はどう関わってよいか困っていた。担当になった職員一人ひとりにそういう態度をとるので、担当になった職員はAさんとの関係に悩み、しんどくなるのが常であった。
 私は、今年度からAさんの担当となった。一緒に過ごすのに慣れてきた頃から、私がAさんの隣にいるのに、あまり馴染みでない職員や実習生の近くへ寄っていっては、キャッキャッと声をあげて楽しそうに笑いながら、あれやこれやとコミュニケーションをとることが増えていた。一方で、私と過ごすときは全く目を合わさず、作り笑いのような表情を浮かべていることがしばしばあった。
 私はAさんの、他の人と楽しそうに振る舞う、まるで敢えて私に見せるかのような態度に対して、いややなぁとか、なんでそんなイヤミな態度をとるのだろう…と思っていた。
 しかし、そんなことを思ってはいけない、我慢しないと、と自分の気持ちを抑えながら関わっていた。気持ちを抑えて関われば関わるほど、Aさんに腹が立ってきて、ふと見たAさんの表情が楽しくなさそうだったり、顔は笑っていても、本当はAさんはどう思っているのだろう…と疑うなど、だんだん一緒に過ごすことが辛くなってきて先輩職員にもAさんとの付き合いのしんどさを相談した。

<エピソード>
 そんなことが続いたある日、活動中にAさんと事務所に文房具を取りに行った。Aさんと馴染みである先輩職員が事務所におり、その職員をAさんがキッと鋭い目つきで睨んだとのこと。Aさんが目で訴えている感じが相当に困っていると察して、Aさんに一緒に話をしようかと声をかけてくれた。私たち3人は、相談室の椅子に腰をかけ、話をする体勢になった。
 いざ、向かい合ったとき、Aさんは全く私のほうを見ないので、やっぱりAさんには話をする気がないのでは…とあきらめそうになった。私もAさんに半分腹が立っていたので、うまく話ができる自信がなかった。
 その時に、先輩職員がAさんと私の様子を見て、Aさんに「Aさん、Bさん(職員)にいろいろ言いにくいん?」と尋ねた。Aさんは手元の写真を探りながら、うなずいた。私は、Aさんがすっきりしていない理由を他のことだと思っていたので、えっ!?私のこと!?と思った。先輩職員が「そっかぁ…。Aさんは、Bさん(職員)が自分のことをどう思てるのか気にしてるの?」と聞くと、Aさんは再びうなずいた。この時に、Aさんがそんなに私のことを気にしてるんだと知った。私は先輩職員に促されて、思い切って自分の思っていることをなるべく正直にことばにしていった。「私と一緒にいる時に、他の人を引っ張って、Aさんにそっぽ向かれたら、私はすごく辛いし、淋しい。」そうことばにしてみて、自分の張りつめた気持ちが緩んだ。私も本当は淋しかったけど意地を張っていたんだと気がついた。そして、Aさんがこちらを見ていなくても聞いてくれていると自然に思えた。
 先輩職員が私のことばに続けて「Aさんは、Bさん(職員)のことどう思ってるの?嫌いなん?」と聞いた。Aさんは、下を向いたままで返事がなかった。先輩職員が「B(職員)さんのこと、好き?」と聞くと、Aさんははっきり「うん。」とうまずいた。この返事に、私は正直に言うと驚いた。同時に、うれしいようなホッと安心した気持ちになった。そして、「Aさんと、一緒にやっていきたいと思ってるねん…」ということばが自然と出てきた。言いながら自分でも、やっぱり一緒にやっていきたいと思っているからこそ、思うような反応が返ってこないAさんに対して腹が立ったり、落ち込んだりしてたんだと気づいた。
 Aさんは私のことばを聞いて、たくさん持っている写真の中から活動をしている写真を出して私に見せた。『話を終えて一緒に活動をしよう』と私に誘いかける感じで、ニコッと笑って、スッと席を立った。私はとても嬉うれしかった。
 そしてその翌日、2人でプールに行った。私はAさんと楽しみたいと思って出かけ、実際に、一緒に水をかけ合ったり手をつないで歩いたり、泳ぐ真似をしたりして、Aさんとの付き合いで初めてといっていいほど、心から楽しいと思えた。ふと横を見ると、すごく楽しそうに生き生きとしているAさんの笑顔があった。

<考察>
 私は、はじめは「なんでそんなことするの」というAさんへの気持ちを抑えて、向き合うことをしていなかったように思う。向き合ってこなかったからこそ、「腹が立つ」という自分の感情が先行して、Aさんが私に対して素直に「好きだ」という気持ちを伝える自信がないなど全く思っていなかった。Aさんは、私がAさんのことをどう思って見ているのか、見抜いていたと思うし、それを突きつけていたのだ。
 Aさんのそっぽ向く行動を私が淋しいと思っていたのと同じように、Aさんは私の気持ちを見抜いて淋しい気持になっていたんだろうなぁと思った。
 Aさんと、向き合って率直な思いを伝えることで、心のつかえがとれ、初めてと言っていいほど、本当に心から楽しい時間を過ごすことができてうれしかった。その時に、Aさんの笑顔っていいなぁ、好きだなぁとごく自然に思えてきた。そして、Aさんも、写真を使って活動しよう、と示してくれたことで、楽しい時間を一緒に過ごそうよ!と私に寄り添ってくれた気がした。私は、もっと、Aさんといろいろなことをしたいと思ったし、またAさんが辛い時は一緒に考え悩みたい、がんばっている時は、精いっぱい応援したい、もっともっとAさんと強い絆を結んでいきたいなと心から思うようになった。
 このことをきっかけに、Aさんはそっけない態度や裏腹な行動で表現することを止め、新聞の写真のスポーツ選手の表情やチラシの文字等を使って、『私が一番』『職員に言いたい』など、具体的な気持ちを私に伝えてくれるようになった。そのことからAさんのさまざまな思いがわかってきた。私に対して伝えてくれることが増えるのに従って、その内容は園のことに留まらず、母親や父親など家でのことにも及ぶようになった。支援者が媒介役になって、自分のことを父親に認めてほしい、などのことが伝えられるようになるにつれて、本人も自信をつけ、母親や父親との関係も変化してきた。そのことが良い循環を生み、本人の自信につながるというふうに本人を取り巻く環境が大きく変化している。
 これからも、Aさんが悔しい時は悔しい、うれしい時はうれしいとありのままの気持ちを表現しやすいように、私自身も自分に正直に、向き合うことを忘れないでいたいと思う。

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