T君から教えてもらったこと
会報「第46号 共に生きる」より(平成29年10月発行)
 私が担当していたT君(当時5歳)は周りの状況に敏感な男の子。新年度になりクラスの友だちや職員など周囲の環境が大きく変わり、T君はクラスだけでなく、園の中へも入りづらくなっていた。お集まりやクラスでの活動に誘っても頑として入らなかったT君だが、大好きな昼食の時は、しばらく考えてから勇気を振り絞るように部屋に入っていた。私もT君と一緒に入ったが、他の子どもたちの手洗いについていくなど、T君を残したままで何回も部屋を出たり入ったりしていた。

 用事を済ませてT君に「ご飯を食べよう」と誘いかけたが、T君は窓の縁に登ったまま降りようとしない。私が近づくと、手で押し返しながら怒ったような声をあげた。なんとか食べ始めてからも、お茶をふき出したり、窓のところへ何回も登りにいったりと落ち着かず、結局ご飯もあまり食べなかった。このような状況が何日か続いた。

 ある日、いつものようにT君を昼食に誘って一緒に部屋へ戻った時のことだった。部屋のドアを開けた瞬間、T君が私の背後に回り込んで、“先に入って”というように背中を押した。私はその時、やっとT君が困っていたことに気が付いた。T君にとって環境の変わったクラスに入ること、その中で過ごすことは不安なのだと。それなのに私は何も言わずにT君を置いて部屋を出てしまっていた。T君からすれば、“どこへ行ったの?戻ってくるのかな?”と不安に感じたはずである。

 私はT君に気付いたことを話して「ごめんね」と謝った。T君はすっと窓のところから下りてきて、ご飯を食べ始めた。次の日から部屋を出る時は、どこに行くか、どのくらいで戻ってくるかを、必ず言葉で伝えるようにし、部屋へ誘いかける時も部屋の状況を伝えるようにした。すると、昼食の時にT君が怒ることはなくなり、ご飯もたくさん食べるようになった。部屋へ戻る時も、納得して入るようになったのである。

 振り返ってみると、昨年度T君と1対1で関わることが多かったため、私は十分に信頼関係ができている、少しの間離れていても大丈夫だろうと根拠のない自信があったのだと思う。今回のできごと以降、私は意識して自分の気持ちや思っていることも含めてきちんとT君に伝えるように心がけた。するとT君は言葉は話せないものの、じっと目を見て聞き、表情や行動、態度や仕草で反応が返ってくることが増えた。T君は私が思っている以上にこちらの言うことを理解しているということを再確認したできごとだった。
※写真はイメージです。

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