「伝えたい思いが言葉になる」
会報「第51号 共に生きる」より(令和2年3月発行)
 Zさん(女性)は、支援学校を卒業して5年目。入所当初は活動プログラムにスムーズに参加するものの、場面に合わない言葉や表情など、Zさんの意思や思いがわかりづらかった。困り笑いが“楽しそう”、何回も同じ言葉を繰り返して言うため“好きなこと”と誤解されることもあった。しかし毎日関わってみると、自己主張がとても弱く、困っているZさんを実感した。そのため、できるだけていねいに意思確認をするように心がけ、どんな些細な表現でもまずは受け止め、尊重するようにした。そんなある日、私をチラッと見て、小さな声で「ジャンパー」と言って、“外に行きたい”と言葉で教えてくれたことを今でもはっきりと覚えている。それをきっかけに、より気持ちを推測しながら話しかけることを続けているうちに、自信をもって大きな声で私を呼んでくれるようにもなった。

 しばらくして、小グループの車での園外活動に出かけることになった時のことである。その日、私はZさんに一緒に行けないことを説明しながら、出かける準備をしていた。頼りにする職員も増え、グループでの活動も少しずつ増えてきているZさん。ニコニコと私の話を聞いてくれており、足取りも軽く車に向かったが乗り込もうとした瞬間、パッと後ろを振り返り、私の名前を何回も呼ぶ。再度「Zさん、行ってらっしゃい。園で待ってるよ」と伝えた瞬間、「Aさん、いこ!」と言って、私の手をぐいっ!と力強く引っ張ったのだ。普段は単語(「お茶」「お外」など)で、自分の要求を伝えることの多いZさんだが、「Aさんと行きたいねん!」という私への強い思いを、この「Aさん、いこ!」の2つの言葉に乗せて教えてくれたのだ。

 今では「カラオケ、いこ」「プール、いこ」 「歯医者、いこ」など、私と出かけた場所を次々と言って、個別で外出したいと教えてくれるようになった。そんなZさんに「わかったよ、考えよう」と返事をしていると、しばらくは「○○、いこ」「考えよう」と私の言葉を繰り返して言っていたのだが、ある日私がいつものように「考えよなぁ」と返すと、Zさんにすかさず「考えた?」と聞き返されたのである。思わず、「すみません、まだです。早く決めますね」と言って謝った。

 Zさんの訴えに誠実に耳を傾け向き合うことで、この人に伝えたいという思いが、言葉となって、Zさんの口から発せられる。それを叶えることで自信となり、行動と言葉が結びつき、言葉が生きた言葉として日々の生活に根差していく。そして、多数の人に向けた自己表現へと進んでいく。これからもZさんの言葉、そして、まだ心の中に留まっている言葉にも耳を傾け、受け止めていくことで、安心して次の一歩を踏み出しいきいきと暮らしていけるよう、共に歩む存在になっていきたい。
※写真はイメージです。

エピソードページに戻る  トップページに戻る